入江式FTを深く考える(FT技術向上のために・・・)

入江式FT(以下FTと略)の反応のプロセスを明確にイメージすることで、より精度の高いFTができるようになると思う。
普段何気なく使っているFT。何気なく使っていても、ちゃんと正しい判断を教えてくれるFT。でも時々あいまいな反応しかくれない時があるFT。
自分がAだと思った事柄でもBだと譲らないFT。そしてやっぱりBが正しかったと気づかせてくれるFT。

どうも「私」が判断しているのではなさそうだ。
いったい、この正しい判断は誰がしているのだろう?

「私」ではない。「私」の中にある「別の意思」だと思う。だって、経験的に「私」がAが正しいと思ってもFTがBが正しいと強く反応する時は大抵Bが正しいもの。
でも、時々どっちつかずの曖昧な反応をする時があるFT。そんな時その「別の意思」はおそらく迷っているのだと思う。
その事柄に対する経験が浅いからだと思う。その際の結果は正しくないことが多い。
しかし、「私」が経験を積むことで、彼の判断はより高精度になる。
どうも彼は、私とともに経験を積んでいるようだ。最初から全てを知ってはいないようだ。
さらに彼は、「私」が忘れてしまっている経験でさえも、すべて掘り起こし利用できるようだ。
別の意思は、「彼」の人生ですでに得た経験と「私」の経験から判断を下している気がする。
さらに、意識を向ければ、過去に生きていた人や他人の経験も利用できる気がする。

FT覚えたてのころ、FTの教室ではうまくいくけど、家に帰るとうまくいかないことが多々ある。
おそらく、教室では優秀な「他の誰かの別の意思」が指導してくれているのだと思う。だから、一つの病態に対する各人の脈診もだいたい同じになる。
僕みたいに偏屈な「別の意思」を持ってる人は、人に合わせたくないので別の証をだしてくるのだけれど。

そもそも正しい証はひとつではないと思う。脈の乱れは海でいうオオシケの状態。高波があれば相対的に低い海面があるようなもの。
例えれば大腸と小腸が高波で心と肺が相対的に海面が低い状態というようなもの。どこを叩いて、どこを押し上げたいかは、治療家の好み。目標は凪(海が穏やかな状態)にすることだけだから。

話がそれたが、FTは間違いなく「私」と共に経験して「私」が忘れていることでも、必ず全てを共有している。また、他人の経験も共有しているのかもしれない。
経験が浅いことがらは正しいFT結果が出ないことがあるが、経験豊かな他人の「別の意思」に教えてもらうことができるのなら、経験が浅くても精度の高いFTができるかもしれない。行き詰った時、神社やお墓に行くと、新しい発想がわいてくる。経験はダウンロードできるのかもしれない。

「私」と「別の意思」の役割は違う。
「私」には気の世界は見えないが、物質の世界は見える。筋肉のこわばり、痙攣、関節の硬さはよく見える。
それとは逆に、「別の意思」は物質の世界は見えないが、気の世界はよく見えているのだと思う。
だから、「私」の役目はストレッチのような物質をターゲットにする対処をし、「別の意思」には気の世界の判断をゆだねてしまい言われたと通りにやる。これがいい。

痛みには、気の痛みと物質の痛みがあるようだ。この概念で事がスムーズに運ぶ。アナトミートレインと経絡治療の概念で必ず痛みは取り除ける。はず。

ところで、そもそも「別の意思」とはなんだろう。
FTに聞いてみたら、前世の意思だという。
FTをFTしてみてわかることは、その前世さんは一人じゃない。いっぱいいる。彼らは昔生きてたただの人なので、一人が持っている経験は、生きてた分の経験しかない。
それぞれ得意分野があるようだ。

FTの精度は、彼らの分析能力とやる気にかかっている。もっといえば性格にかかっているのかもしれない。怠け者の別の意思ではダメだろう。もっといえば「私」と「別の意思」の性格はにているのかもしれない。だから、あなたがやる気なら、別の意思もやる気だろう。あなたが望むなら、彼らは、患者さんが最短で治るようにいろいろ試す。ときどき「このやり方では効果が出ないだろう?」って脈診の結果があると思うが、それは「別の意思」が試行錯誤している時。もう少し、彼に任せて欲しい。きっと、すごい対処法を後日提案してくれる。
とはいっても、物理的なものの分析は「私」の役目。あなた自身も、胃が痛くなるくらい悩み考える必要はあるし、そこから得た知恵を「内にいる別の意思」がくみ取って、より高みの技術を与えてくれる。より効果的に!より効率的に!を望むのであれば、常に悩む必要は当然ある。FTに丸投げではダメ。悩んだ先に、ほしい物が必ずあるんです。
そう考えていくと、究極は北斗の拳なんです。またはイエスキリストなんです。一撃で瞬時に治したい。重体の人も治してあげたい。一般医学は頭が固すぎるだけで、実際は、案外簡単なのかもしれない。多分、科学的にキリストさんみたいなことができるんだと思う。いまの僕にはまだ出来ないけど。


「別の意思」にも性格がある。昔生きてたただの人だから。横道にそれるが、神社ごとに雰囲気が違う。怖い感じとかやさしい感じとか。東照宮は厳かな雰囲気だけれど、塩谷町の岩戸別神社は大変やさしいしくて強い感じがする。僕は、思うように患者を助けられず悩んで悩んで苦しい時、この岩戸別神社に行くと、急にすごくいいアイデアが浮かんで問題が解決することが多々ある。きっと岩戸訳さんは世話焼きなんだろう。ありがたいことに。

ちなみに、FTはどこまでできるか。おそらく、感じる系統の超能力は訓練しだいでできると思う。現に目視では判別できない真水と塩水は簡単に判別できる。
世の中には地震を予知できる人がいるようだが、もしかしたら地震の前触れも感じられるのかもしれない。(後日記載・・・FTは磁界を良く感受しているようである。断層で岩盤が極度の圧を受ければ、崩壊するまでおそらくピエゾ電気が発生する。そこからでた磁界は自然界にない磁界だから違和感があるはず。地震予知は可能かもしれない。というより最近では僕の精度は高まっている)。地震の直前、動物たちは異常な行動をする。おそらく地震が来ることを感知しているのだと思う。おそらく、人間はその感覚が衰退してはいるが、なくなってはいないのだと思う。FTには衰退した能力を引き出せる可能性がある。
FTの可能性は無限大。ああ、、わくわくしてきた。

ここまで読んでくださってありがとうございます。最後に、FTのお陰で得られた素敵な成果は、大半は「別の意思」のお陰です。いちど、その「別の意思」に注意を向けてほしい。FTを使って「別の意思」と意思疎通ができます。ぜひ交流してください。そして、いままで得られた素敵な功績をほめてあげてください。すごく喜んでくれます。また、それにより更なる良いことがあります。